(書簡の一部抜粋)
「里見(里見勝蔵)がヴラマンクをやってかえった後、自分が同じ道ならとの事、まったく君の親切に感謝スル。実は自分もそんな事も半分位はあるが、いろいろ考えて今はブラマンクではない。物質主義な点はヴラマンクから教わった事をはずさないが、今の作品はヴラマンクではない。―――ウィットロ(ユトリロ)に近いものをかいている。アジャン(古い)パリーをかいて日本へもってかえりたいと思っている。」
レセプションのアナウンスがあったのでレストランを覗くと大変な人だかり、それではと順序を変え内覧会も終って静かになったメイン会場へとって返す。手持ち無沙汰な受付嬢にウィンクして再び入場、女性係員と警備員の他は誰も居ないという“空前絶後の独占状態”に身を置くことになった。
過去何度かの佐伯祐三展は人気が高くいつも人、人、人、落ち着いて観賞した記憶がないのに今回はこの“贅沢”・・・・・誰にも邪魔されることなくもう一度最初の作品からじっくりと観賞した。ズラリと並ぶ「佐伯祐三」がある種の“気”のようなものを発散し、それが一斉に自分めがけて注がれてくるかのような気分になり次第に息苦しささえ感じ始める。
命を削るようにして描かれた数々の作品にたった一人で取り囲まれた時の畏怖感は全く思いがけぬもので、
特に死を迎える1928年のモランの旅以降の作品の前では「素顔の佐伯祐三」(山田新一著)の生々しい記述を思い浮かべながらただ立ち尽くすのみであった。
閉館間際までの約40分間、完全に佐伯祐三の世界に浸りきる幸せを味わう。畏れ多くも彼の“鮮烈なる生涯”を一人占めしてしまったような気分である。
最後に熱いコーヒーでもとレストランへ行くと、もう4,5人の姿があるだけでラストオーダーの雰囲気。「まだいいですよ」との店員の声に励まされ、雨に洗われた緑の広い庭園を眺めながらコーヒーを飲む。
醒めやらぬ興奮を待て余しながらも、その味はまた格別であった。
そして余韻を楽しみつつ帰途に就く。感激が薄れない内にと帰りの車中で観賞記を綴り始めたが、何やら自分の中の「佐伯祐三」が集大成されたかのような錯覚を覚えたものである。
改めて山田夫妻のご厚意に心から感謝したい。
なお本展の開催期間は6月29日(日)から8月17日(日)まで。
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