佐伯祐三展(芸術家への道)

2005.10.20

ある日の日経新聞「文化往来」欄に「佐伯祐三」の活字を発見した。
今月23日まで東京都練馬区立美術館で開催されている開館20周年記念「佐伯祐三展(芸術家への道)」の紹介記事で、「祐三おたく」としては絶対に見逃せないと思い立って出掛けた。
先日入会した「JRジパング・クラブ」の初利用も兼ねての”日帰り出張”である。

西武池袋線中村橋駅で下車、線路沿いに少し歩くと三階建ての瀟洒な美術館があった。
首都圏では久し振りの暖かい秋晴れで平日にも拘らずかなりの人出である。
大きな「郵便配達夫」の看板に迎えられアプローチを昇って二階の正面玄関へ。
”65歳以上300円”の入場料を払って入ると、まずは画学生時代の「自画像」群が目に飛び込む。
帽子を阿弥陀に被った「帽子をかぶる自画像」を始め、中村彝(つね)の影響を受けたといわれる卒業作品など油絵の「自画像」7点が展示されていて、いきなり暗く鋭い視線を浴びせられる。とりわけ始めて見る川端画学校時代(1917年)に描いた正面を見据える「自画像」は、”芸術家への道”に全霊を注ぎ込む決意を示しているような厳しい眼差しであった。

1924年に念願の渡欧(一回目)を果たす。
その頃のセザンヌ風の風景画や、ルノワールを思わせる裸婦の絵などが並び、ヴラマンクに「このアカデミズム野郎!」と罵られた“50号の裸婦”とはこの中の一枚ではないかと想像したりして楽しい。
母校北野中学に贈った「ノートルダム(マント・ア・ジョッリ)」、失意の中で描いた「立てる自画像」、 「壁」「靴屋(コルド・ヌリ)」「村役場」などお馴染みの代表作がふんだんに展示されている。
病気を理由に帰国させられた1926年は佐伯祐三にとって燻ぶる不満の一年で、「下落合風景」や「滞船」の連作など乏しいモチーフに失望の影が漂う作品が続く。特にこの期の絵に「個人蔵」の表示が目立つことに注目した。
1927年飽き足らぬ焦燥とパリへの思慕黙しがたく病身をおして再び渡欧。
自らの死期を悟っていたのか、パリに着くや時を惜しむかのように猛烈に描き始めた。「リュクサンブール公園」「広告塔」「カフェテラス」「サン・タンヌ教会」・・・など佐伯祐三を語るうえで欠かすことのできない珠玉の作品が並ぶ。そして命取りとなったあの「厳冬のモラン写生旅行(パリ郊外40キロ、20数日間)」での作品「モラン風景」「モランの寺」などへと転じていく。寒風に飛ばされてきて絵の具と一緒に描き込まれてしまった「村と丘」の“小枝”にも再会した。
終幕の一角には病床の中で親友山田真一に「この2枚は最高に自信のある絵だ。これだけは絶対に売らないでくれ」と頼んだという「扉」と「黄色いレストラン」が並べてかけられる味な演出。異国の病床で最後の力を振り絞って描いた「ロシアの少女」「郵便配達夫」で展示が終わった。

大胆で荒々しい筆の運びと厚く塗り重ねられた質感を基調とし、息の詰まるような暗い画面に鮮やかな原色が生々しく、その対置と調和が生命を発し究極の美を求めて闘う魂のほとばしるような迫力を生み出しているように感じられる。
注意して観察すると緑系の色調は青緑色で黄緑色は殆ど使われていないことに気付く。絵の雰囲気(体温)を冷めさせ主題の生色を際立たせる効果をもたらしていた。(黄緑色はその辺りを曖昧にしてしまう。)
また生乾きの下地の上に置いた絵の具を硬い絵筆やナイフで勢いよく伸ばすと、上層下層の絵の具が微妙に混じりあって思いがけぬ色合いと質感が生まれる。佐伯祐三の並外れた製作スピードがもたらした結果なのか、偶然が素晴らしい結果を生む焼き物(陶器)の世界にも通じるかと面白い。

さて『今日の一枚』は始めて実物にお目にかかった「新聞屋」(1927年 個人蔵)である。
店頭に置かれた新聞立ての少し温かみのある水色が実に印象的で、店内の暗闇に引き立てられひときわ冴えわたっていた。(写真)
遠くから眺めたりぐっと顔を寄せて観察したり・・・・およそ1時間半、周囲に気を遣いながら佐伯祐三の世界に浸りきる。 油絵だけで123点、スケッチやライフ・マスク、渡欧時携行の柳行李などを入れると140点を越す出展は会場に溢れんばかり。
代表作といわれる絵が悉く集められていたほか、「バーの入り口」「赤い入り口」「新聞屋」など始めて実物を見る作品も多かった。憧れのパリに燃え尽きた青年画家の軌跡を辿る期待通りの展覧会で、わざわざ出かけてきた甲斐は十分にあったというものである。
美術館を出ると、傾く秋の陽射しに色付き始めた街路樹の葉がきらきらと輝いていた。

(参考) 出展作品の所蔵者別点数
個人
46
大阪市立近代美術館準備室
28
和歌山県立近代美術館
13
ポーラ美術館
東京国立近代美術館
三重県立美術館
田辺市立美術館
ひろしま美術館
石橋財団石橋美術館
※ 個人蔵の圧倒的多さが今回の美術展の特徴で、個人蔵を除くとやはり大阪市立近代美術館準備室と和歌山県立近代美術館が抜き出ている。練馬区立美術館開催の後は11月3日から12月11日まで和歌山県立近代美術館で開催される。
(了)

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