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89  大相撲名古屋場所 観戦記
平成26年7月22日



【 およそ30年ぶりの名古屋場所ナマ観戦 】
今年で57回目を数える名古屋場所の歴史からすれば根っからの相撲ファンとしては風上にも置けない話だが、それだけテレビ桟敷向きのスポーツということだろう。
相撲好きが揃うダリヤ会で話題になり、たまには居酒屋を飛び出し相撲見物でもどうかと云う話になって顔の広い末松氏の尽力で実現したものである。
折角だから少し早めに出かけて存分に楽しもうと、カメラ、双眼鏡、携帯ラジオ、筆記用具、メモ帳に扇子など“観戦七つ道具”に加え、チャンスがあればとスケッチ・ブックを手提げバックにしのばせて正午前に家を出る。メモ帳には大相撲に関する豆知識や今場所の注目力士と昨日までの成績などギッシリと書き込まれている。
10日目を迎えた名古屋場所は30回目の優勝を狙う白鵬がただ一人全勝で琴奨菊、高安が一敗で追う見慣れた展開となっている。中日全勝ターンは9場所連続34回目とのこと、少々のことでは驚かなくなっているが凄い記録である。
途中腹ごしらえをして名古屋城二の丸跡にある愛知県体育館に向かった。
客足は上々のようで地下鉄の出口から体育館に向かって切れ目なく行列が続く。梅雨も明けて青い空に白い雲・・・・・・お城の石垣に沿って色とりどりの力士幟がはためき近づくにつれて気分も高揚してきた。ちょうど夏休みに入った時期で子供たちの姿も目立っている。
(スケッチA:四日目(7/16)体育館前にて、力士たちの入場風景)

【 正面桝席7列A21 】
午後2時入場、指定された桝席は正面観覧席のちょうど中段やや右寄りで好位置である。
俯瞰する土俵はピンクがかった黄土色で、神明造りの方屋から下がる紫色の水引幕と四隅を護る赤・白・緑・黒の房の色も鮮やかに照らし出され力士の晴れ舞台に相応しい。
取組は幕下の半分ぐらいまで進みこれから上位戦に入るところで、各力士とも4,5戦目を迎えて目前の関取を目指し凌ぎを削る激しい相撲が続いている。物言いが立て続けに3番もあり中には取直しも・・・・・その都度協議結果を説明していたのは正面審判長席に座る元大関魁皇(浅香山親方)でなかなか歯切れがいい。
見回したところ観覧席はまだ3分の1程度が埋まっている状況でまだ座布団の紫色が目立っているが、根っからのファンであろうか一番一番に熱の入った声援が飛んでいる。
二人の18歳力士に注目したが、西28枚目の魁渡が勝ち、阿武咲(おうのしょう)は逆転負けで3勝2敗、東10枚目なので関取昇進にはもう負けられない星勘定になっている。
またチェコ出身で土俵を沸かせていた体重100キロに満たぬ異能力士隆の山が、幕下に落ち(幕下西6枚目)しかも休場中とあって淋しい限り、思いっきり判官贔屓をやってみたかったのだが。
次第に館内の雰囲気に巻き込まれていくなか、その風景をスケッチするという“プロ根性”も発揮する。楽しみ倍増の秘策と自賛するが、もう少しゆったり構えたらともう一人の自分が耳元で囁く。
(スケッチB:午後2時半頃の館内風景)

【 欠くべからざる潤滑油 】
土俵が十両戦に入った頃メンバーが揃い、観客席もほぼ満席に近い状態になって熱気が充満してきた。桝席(130cm 四方)は大の男4人が座るには少々窮屈な感じで年長組には背もたれが出来る後の布団に座ってもらい我らは前側に座る。桝席が伝統の仕様と云うならせめてスペースを拡げるぐらいのことは考えてもらいたいものだ。。
時間の経過とともに館内のボルテージはどんどん上昇、そこで我らに必要欠くべからざるは“潤滑油”で、缶ビールとつまみを買いこみ酒盛り観戦となるはごく自然の成り行き。必死に戦う力士たちには申し訳ない気もする。

折角のナマ観戦というので「礼に始まり礼に終わるという力士の一連の所作」に着目し関心を寄せていた。その代表格でお手本のような豊真将が五日目の日馬富士戦で大けがを負い休場してしまったのは残念至極、せめて部分的にでも所作の美しい力士を探ろうと思っている。また土俵と観客席が響きあう一体感の中に身を置く醍醐味を味わってみたいと期待もしている。
十両で注目した力士はやはり若手で20歳の新十両大栄翔(遠藤の兄弟子)、それにモンゴルのゲルで育った21歳の大物逸ノ城(いちのじょう)で夫々白星を積み上げたが、特に逸ノ城は9勝目で来場所の新入幕が濃厚となった。モンゴル出身と云うのが気にくわぬが底知れぬ強さを感じさせる。

【 今場所5回目の「満員御礼」 】
物言いのつく熱戦続きで遅れ気味であったが、十両に入って進行が早まり予定のペースに追いついてきた。そんな土俵を仕切る行司の装束もいつの間にか袴の丈も伸び、足袋姿になっていてその鮮やかな彩りは一層土俵を引き立てている。行司も様式美を追い求める大相撲興行の欠かせぬ舞台装置なのである。
天井を仰ぐと知らぬ間に「満員御礼」の垂れ幕が下がっていた。今場所5回目で平日では初めて、館内を見渡すと座布団の紫色は消えて白一色、夏の場所らしくうちわが揺れて浴衣姿の女性の姿も目立つ。
前売り券の販売も前年比35%増と好調で昨年の満員御礼回数7回を上回ることは確実と報道されている。遠藤人気もさることながらやはり土俵上の迫真の勝負が再びファンの心を捉え始めているのであろう。客が入れば相撲に一段と気合が入るというもの、好循環で不祥事続きの長いトンネルからようやく抜け出したようである。これで日本人力士の優勝、横綱昇進とくれば云うことはないのだが。

中入りの柝(き)が入り幕内力士の土俵入りが始まる。四股名を呼ばれて土俵上に上がる力士に拍手・声援が送られるがまさに人気のバロメーター、断トツは遠藤で若き日本人力士のホープ、均整のとれた体型に男前ときては溜まらぬのであろう。次いで大砂嵐、勢、稀勢の里、豪栄道、高安、若の里、嘉風といったところ、ひと頃の人気力士隠岐の海や栃乃若には拍手もなく静かな反応で伸び悩みを咎める厳しい目でもある。
続いて3人の横綱の土俵入り、不知火型の白鵬、日馬富士に鶴竜の雲竜型が加わって豪華版となっているが、3人も居並ぶ中に日本人が一人も居ないのはやはり情けない。相撲の世界では元寇を撃退した神風は吹かないのか。

【 幕内前半の主役は老雄「若の里」 】
時計は4時を回り幕内の取組が始まる。 最初の大歓声は関取在位100場所目(史上6人目)の若の里に送られた。38歳の大ベテランは宝富士と対戦、土俵際に追い詰められて悲鳴が飛ぶ。負けた瞬間にアーっと溜息の大合唱に変わった。そして花道を引き揚げる背中を割れるような拍手が追いかける。日ごろの鍛錬に手を抜かず常に全力で戦い勝っても負けても一切顔に出すことはなく淡々と土俵を去る・・・古武士にも似た風格の若の里は長く相撲ファンに愛し続けられてきた。
幕尻近くで7敗目、さすがに衰えは隠せず来年(名古屋場所)は再び雄姿を見ることはないと見極めての惜別の拍手にも感じられる。まさに館内が一つになったパフォーマンスにすっぽりと身を委ねる感覚であった。
もう一人の超長寿力士で次の秋場所で40才となる旭天鵬も7敗目を喫し幕内維持が微妙になってきており今後の動静が気になるところだ。
続いて2番後に今度は平成生まれのチャンピオン、今場所絶好調で1敗の高安が2敗の千代大龍と戦う新進気鋭の好取組。気迫のこもった立ち合いで圧倒し万雷の拍手を浴びる。
次に登場した豊響が力水を受けるとき片膝を立てて受けていたように見えた。殆どの力士が蹲踞の姿勢をとるが豊真将だけは正統な片膝立てで受けていたと聞く。或いは豊響も正しい受け方に拘っているのかもしれない。豊真将も豊響も山口県出身で同郷である。
後半戦に入るところで勝負審判も交代し小憩、その間に前の枡席のおばさんに頼んで観戦記念の写真を撮ってもらう。恐らく再現することはないであろう。

【 後半は遠藤に始まり白鵬で終わる 】
土俵再開、妙義龍が巧者豊ノ島を寄り切って浴びた大拍手がそのまま次の遠藤―魁聖戦に繋がる。まさに割れんばかりの大歓声の中土俵に上がった遠藤は見事な四股で観衆を魅了、相撲も立ち合いは突きで踏み込み両差しの体制から寄り切る快勝で館内はまるで優勝でもしたかのような騒ぎ、自分も思わずつられて大声を張り上げる。何を云ったかは覚えていない。
この過剰とも思える期待が重荷になって相撲を小さくしていたのだが、昨日の大砂嵐戦や今日の相撲は大歓声を味方につけたような勝ちっぷりでようやく星を五分に戻した。
興奮が冷めやらぬ内に今度は大砂嵐が登場、しかしラマダンの断食が影響したか熱戦の末照ノ富士に敗れる。強烈なかち上げと猛突っぱりに耐え抜き巨体を投げ飛ばした照ノ富士はモンゴル出身の22歳、十両の逸ノ城とともに次代の“モンゴル帝国”を担う逸材とみられている。(写真は大砂嵐に水をつける遠藤:土俵を沸かせるライバル)
次の一番は“難波の星”から全国区に出世した勢が土俵に上がる。白鵬を尊敬しているのか足の運び、手の動き、仕切りの形、癖など白鵬そっくりの所作である。しかし“こちらの白鵬”はさっぱりで千代鳳のはたきにばったり、館内にはおおきな溜息が流れ先場所11勝の面影は全く見られず、思わず「どうした!」と叫んでしまう。好きな力士の一人なのである。

そして本日随一の好取組大関戦、1敗の琴奨菊に2敗の稀勢の里の対決で熱戦が期待されたが、立ち合い“得意の迷い”が出た稀勢の里が一気に攻め込まれて土俵を割り敢えなく優勝圏外に去ってしまった。自ら墓穴を掘る立ち合いの迷い、もはや如何ともし難い致命的な宿痾かも知れない。
いつだったか解説の北の富士氏が「アドレスでなかなか踏ん切りがつかないゴルファー」に例えたが云い得て誠に妙である。先場所13勝をあげ今度こそと期待したもののやはり期待する方が愚かであった。
一方の琴奨菊はカド番どころか1敗のまま白鵬を追う展開になり、よもやの“日本人力士優勝の夢”を背負う立場となった。
残り3番、いよいよ横綱の登場で一番手の鶴竜が関脇豪栄道の挑戦を受ける。やや立ち後れとなった横綱が一方的に押し出されて2敗目を喫してしまう。今場所の横綱は既に日馬富士が3個、鶴竜が1個金星を配給しており今日も横綱の看板が大粒の涙を流しているに違いない。
結びの一番で勝ち名乗りを上げた白鵬の一連の所作は悠々迫らざる風格に満ちているが、土俵入りの時にはなかった右腕と両手首にサポーターが巻かれていた。さしも頑強な体も激戦の年月の中で少しづつ傷んできているのであろう。ともあれこれで10連勝、45場所連続二けた勝利という途方もない大記録を更新し続けている白鵬は来年の春場所には30才を迎える。

【 勝者の舞「弓取式」 】
結びの勝者白鵬に代わって37才の序二段聡ノ富士(さとのふじ)が弓取式を行う。
昔は弓取式が始まる頃には観客がぞろぞろと席を立っていたものだが、今は古式豊かで華麗な弓捌きを心いくまで堪能しようという観客が殆どで、盛大な拍手と「よいしょ!」の掛声を送って今日一日の土俵に別れを告げる。我らも見事な弓の舞を最後まで見届け満足感に浸りながら体育館を出た。
午後6時過ぎまだ暑さが残る広場を地下鉄の駅に向かったが、見上げるような高さの櫓から跳ね太鼓の軽快な音が降ってきて何とも心地よい。
かくして四人の足はいつもの居酒屋へ向かう。今宵も酒の肴にことは欠かない。

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【 場所後追記 】
終盤白鵬が2敗する波乱で俄かに大混戦となり琴奨菊に8年半ぶりの期待が懸った。しかし終わってみれば当然のように白鵬が30回目の優勝を果たす。また2横綱2大関を破り12勝を挙げた豪栄道が思ってもみなかった大関に推挙されるサプライズも。
人気の遠藤は千秋楽に勝越し、初挑戦で2個の金星を手にしたのに大砂嵐は負越して殊勲賞と新三役をふいにした。
老雄若の里は5勝止りで十両へ逆戻り、幕下に落ち途中休場したチェコ出身の隆の山は引退を表明、母国へ帰り日本語を活かせる仕事に就くという。
様々な模様を描き連日熱戦に沸いた名古屋場所は7日目以降毎日「満員御礼」となる盛況で、10回を数える垂れ幕は何と15年ぶり、懸賞本数も1166本と名古屋場所史上最高であった。この地にもやってきた待望の相撲人気復活を喜びたい。(7/28)

(了)