時計は4時を回り幕内の取組が始まる。
最初の大歓声は関取在位100場所目(史上6人目)の若の里に送られた。38歳の大ベテランは宝富士と対戦、土俵際に追い詰められて悲鳴が飛ぶ。負けた瞬間にアーっと溜息の大合唱に変わった。そして花道を引き揚げる背中を割れるような拍手が追いかける。日ごろの鍛錬に手を抜かず常に全力で戦い勝っても負けても一切顔に出すことはなく淡々と土俵を去る・・・古武士にも似た風格の若の里は長く相撲ファンに愛し続けられてきた。
幕尻近くで7敗目、さすがに衰えは隠せず来年(名古屋場所)は再び雄姿を見ることはないと見極めての惜別の拍手にも感じられる。まさに館内が一つになったパフォーマンスにすっぽりと身を委ねる感覚であった。
続いて2番後に今度は平成生まれのチャンピオン、今場所絶好調で1敗の高安が2敗の千代大龍と戦う新進気鋭の好取組。気迫のこもった立ち合いで圧倒し万雷の拍手を浴びる。
次に登場した豊響が力水を受けるとき片膝を立てて受けていたように見えた。殆どの力士が蹲踞の姿勢をとるが豊真将だけは正統な片膝立てで受けていたと聞く。或いは豊響も正しい受け方に拘っているのかもしれない。豊真将も豊響も山口県出身で同郷である。
【 後半は遠藤に始まり白鵬で終わる 】
土俵再開、妙義龍が巧者豊ノ島を寄り切って浴びた大拍手がそのまま次の遠藤―魁聖戦に繋がる。まさに割れんばかりの大歓声の中土俵に上がった遠藤は見事な四股で観衆を魅了、相撲も立ち合いは突きで踏み込み両差しの体制から寄り切る快勝で館内はまるで優勝でもしたかのような騒ぎ、自分も思わずつられて大声を張り上げる。何を云ったかは覚えていない。
この過剰とも思える期待が重荷になって相撲を小さくしていたのだが、昨日の大砂嵐戦や今日の相撲は大歓声を味方につけたような勝ちっぷりでようやく星を五分に戻した。
興奮が冷めやらぬ内に今度は大砂嵐が登場、しかしラマダンの断食が影響したか熱戦の末照ノ富士に敗れる。強烈なかち上げと猛突っぱりに耐え抜き巨体を投げ飛ばした照ノ富士はモンゴル出身の22歳、十両の逸ノ城とともに次代の“モンゴル帝国”を担う逸材とみられている。(写真は大砂嵐に水をつける遠藤:土俵を沸かせるライバル)
次の一番は“難波の星”から全国区に出世した勢が土俵に上がる。白鵬を尊敬しているのか足の運び、手の動き、仕切りの形、癖など白鵬そっくりの所作である。しかし“こちらの白鵬”はさっぱりで千代鳳のはたきにばったり、館内にはおおきな溜息が流れ先場所11勝の面影は全く見られず、思わず「どうした!」と叫んでしまう。好きな力士の一人なのである。
そして本日随一の好取組大関戦、1敗の琴奨菊に2敗の稀勢の里の対決で熱戦が期待されたが、立ち合い“得意の迷い”が出た稀勢の里が一気に攻め込まれて土俵を割り敢えなく優勝圏外に去ってしまった。自ら墓穴を掘る立ち合いの迷い、もはや如何ともし難い致命的な宿痾かも知れない。
いつだったか解説の北の富士氏が「アドレスでなかなか踏ん切りがつかないゴルファー」に例えたが云い得て誠に妙である。先場所13勝をあげ今度こそと期待したもののやはり期待する方が愚かであった。
一方の琴奨菊はカド番どころか1敗のまま白鵬を追う展開になり、よもやの“日本人力士優勝の夢”を背負う立場となった。
残り3番、いよいよ横綱の登場で一番手の鶴竜が関脇豪栄道の挑戦を受ける。やや立ち後れとなった横綱が一方的に押し出されて2敗目を喫してしまう。今場所の横綱は既に日馬富士が3個、鶴竜が1個金星を配給しており今日も横綱の看板が大粒の涙を流しているに違いない。
結びの一番で勝ち名乗りを上げた白鵬の一連の所作は悠々迫らざる風格に満ちているが、土俵入りの時にはなかった右腕と両手首にサポーターが巻かれていた。さしも頑強な体も激戦の年月の中で少しづつ傷んできているのであろう。ともあれこれで10連勝、45場所連続二けた勝利という途方もない大記録を更新し続けている白鵬は来年の春場所には30才を迎える。
【 勝者の舞「弓取式」 】
結びの勝者白鵬に代わって37才の序二段聡ノ富士(さとのふじ)が弓取式を行う。
昔は弓取式が始まる頃には観客がぞろぞろと席を立っていたものだが、今は古式豊かで華麗な弓捌きを心いくまで堪能しようという観客が殆どで、盛大な拍手と「よいしょ!」の掛声を送って今日一日の土俵に別れを告げる。我らも見事な弓の舞を最後まで見届け満足感に浸りながら体育館を出た。
午後6時過ぎまだ暑さが残る広場を地下鉄の駅に向かったが、見上げるような高さの櫓から跳ね太鼓の軽快な音が降ってきて何とも心地よい。
かくして四人の足はいつもの居酒屋へ向かう。今宵も酒の肴にことは欠かない。
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【 場所後追記 】
終盤白鵬が2敗する波乱で俄かに大混戦となり琴奨菊に8年半ぶりの期待が懸った。しかし終わってみれば当然のように白鵬が30回目の優勝を果たす。また2横綱2大関を破り12勝を挙げた豪栄道が思ってもみなかった大関に推挙されるサプライズも。
人気の遠藤は千秋楽に勝越し、初挑戦で2個の金星を手にしたのに大砂嵐は負越して殊勲賞と新三役をふいにした。
老雄若の里は5勝止りで十両へ逆戻り、幕下に落ち途中休場したチェコ出身の隆の山は引退を表明、母国へ帰り日本語を活かせる仕事に就くという。
様々な模様を描き連日熱戦に沸いた名古屋場所は7日目以降毎日「満員御礼」となる盛況で、10回を数える垂れ幕は何と15年ぶり、懸賞本数も1166本と名古屋場所史上最高であった。この地にもやってきた待望の相撲人気復活を喜びたい。(7/28)
(了)