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81  豆蔵クンの旅『河口湖・葉山』
平成24年7月19日〜21日


(7月19日)
『豆蔵クンの旅』第三弾は富士山麓河口湖から三浦半島葉山への二泊三日である。
昨年新居を葉山に構えた息子夫婦宅を訪ねる旅でもある。
ちょうど合わせてくれるように梅雨明け宣言が出る幸運に恵まれ、朝7時一家(二人+一匹)は勇躍出発した。例によって車は豆蔵の生活用品“豆蔵グッヅ”で満杯である。後部座席にセットした移動用ハウスの豆蔵は至極満足げな顔を出してキョロキョロ・・・・・今度は何処へ?と黒豆のような目を輝かせている。

東の空は予報通りの夏らしい夜明けだ。
朝のラッシュを心配したが快調に走って中央高速多治見インターに入る。
第一休憩は恵那SA、豆蔵の様子を見ながら休憩を入れるいわゆる“トイレ休憩”だが、頻度が高くなった私達夫婦のリズムとも合うようになっている。
第二休憩は諏訪湖SA、山梨県に入る辺りで道路正面に富士山の堂々たる山容が現れた。山頂付近は夏雲に覆われている。
10時半河口湖の真北に位置する一宮御坂インターを出る。
国道を南下し河口湖東端の大橋を渡ってすぐのところにある大池公園に到着した。リゾート・ホテルなどが立ち並ぶ一帯は照りつける太陽ですっかり夏の様相である。豆蔵を連れて湖岸に出ると黒く長い首を伸ばしたカナダ雁が群れをなしているのに出くわしびっくり・・・・・。
昼食は予め調べておいたペット同伴レストラン「Happy Days Cafe」。
“おもちゃコレクター”として知られ人気のテレビ番組「なんでも鑑定団」でお馴染みの北原照久氏(64才)のミュージアム「Happy Days」が併設している店である。
少し階段を上がった小高い所にあり木陰のテラスは湖面を渡ってくる風で涼しい。振り返ると思いがけなく巨大な富士山が迫っていて山腹にはまだ雪渓が残っていた。旅の先行きを祝福してくれているような贅沢な舞台で「パスタ・ランチ」を食べる。豆蔵も心地よげに“伏せのポーズ”でまさに「幸せな日々」といった情景である。
食事の後はミュージアムを観賞する予定だが、さすがにペット同伴は無理だろうと思いつつも念のため聞いてみると、専用のベビー・カーが用意されていてそれを使えばOKとのこと、さっそく豆蔵を乗せて入館した。
夏休み直前の平日とあって館内は他に中年夫婦一組だけで閑散としている。明るくてチャーミングな展示室には大正から昭和初期にかけてのお人形やおもちゃがところ狭しと並べられ、特にブリキ製でゼンマイ仕掛けのおもちゃが懐かしい。壁には何故か名古屋宝塚劇場のポスターがずらりと貼られていた。
「なんでも鑑定団」の産物か評価額2000万円の清国乾隆帝愛用の置時計も目を引く。
豆蔵はと云えば二階建ての展示室を見て回っている間、ベビー・カーの中で“借りてきた猫”状態であった。
ミュージアムを出たが宿へのチェックインにはまだ間がある。どこかでティー・タイムをと、ミュージアムの店員が紹介してくれたペット同伴喫茶店「ミューズ・カフェ」に向かった。しかし地図が不完全なせいか森の中を徘徊するのみでとうとう見つからず断念、頃もよしと今宵の宿「クース・クース(Coosu Coosu)」のある湖西方面にハンドルを切る。

湖岸沿いの道をしばらく走り奥河口湖と称する辺りで看板を見つけた。
道路から少し入った森の中にあり、ひっそりと佇む木造りのレストランが目に入る。
深い木立の中にあって室内の電球の灯りが目立つほどである。空き地に駐車しトランクを開けていると中から主人と思しき男性が声をかけてきた。
レストランで受付を済ませ隣にある三軒長屋風の宿泊棟へ案内される。今夜の泊りは私達だけの全館貸切状態とのことで真ん中の部屋にランタンの灯りが点いていた。
小さな階段を昇ると石張りのテラスに立つ。
勿論木造だが室内はテラコッタの床とベージュ色の塗り壁が目立つ南欧風の造りで、調度品や壁飾りがしっくりと調和していてセンスの良さが感じられる。
バスルームも広く窓外の小さな庭がお洒落で行き届いた設計になっていて、何かとうるさい相棒もどうやら気に入った様子だ。豆蔵は運び込んだベッドなどには目もくれずあちらこちらと探検していたが、戸の隙間からテラスに飛び出し慌てさせる一幕も・・・・・。レストランのお庭はドッグ・ラン兼用になっているなど、ペット同伴が売りだけに設備も整っている。
主人が料理、奥さんがウエイトレスという分担で、夫婦だけできりもりするこのプチホテルは宿泊も3組限定である。奥にはログハウス風の自宅があり犬2匹と猫1匹の同居者がいるそうだ。
食事は6時半で豆蔵と相棒は一休み、その間にスケッチを楽しもうと車で北岸方面に出掛けた。
茫洋とした湖面を眺める観光気分ならいいのだが、スケッチのモチーフを探すとなると簡単ではない。雲が張りつめてきて夕映えの気配の中にくすんだような風景ばかりが続く。
それでも湖に浮かぶ鵜の島と手前の岬を北岸から望む景観をゲット、約45分間の早業であった。

宿に戻り相棒の仕立てた“泡風呂”に入って汗を流しレストラン棟に赴く。
ドレス風のおめかしをした相棒が白襟の“お坊ちゃまスタイル”に変身した豆蔵を伴っての“お出まし”だ。その場の雰囲気に合わせ精一杯楽しもうとのいつもの“演出”であるが、至って無頓着な私はこまごまとチェックされてそれこそいい迷惑なのである。豆蔵もそう思っているに違いない。
午後6時を過ぎても窓の外は十分に明るく新緑の色香が残る梢が風に揺れ、時折鶯の鳴き声が響く。標高850mのこの辺り、鶯にとってはまだ恋の季節なのかも知れない。
ドッグ・ランでしばらく遊ばせたあと“貸切りディナー”が始まる。
貸切りというのも気楽でいいのだが、客同士でのペット談義やワンちゃん同志のじゃれ合い(社交)を期待していた相棒には少し物足りないようだ。
料理は予め予約しておいた鴨鍋とステーキのコースで、酒はグラスワインと濁り酒。ダメもとで燗酒を所望してみたがさすがに想定外のようであった。
時折奥さんが出てきて話し相手になったり豆蔵をあやしたり、やはり可愛いペット談義になるのは自然の成り行きだ。窓際やテラスの縁にバランスよく配置された花の植栽が豊かな気分にさせてくれる。
オーナー夫婦の馴初めは趣味の写真とか、壁には奥さんが撮った写真を主人がパソコンで加工した作品が沢山飾られていて、庭の奥には「Miki‘s Museum」と掲示された小さな美術館もある。室内の調度品の多くは夫婦の合作で物造りは主人、装飾は奥さんが受け持ったという。まさにこのプチ・ホテルはオーナー夫婦手作りの傑作であり「愛の結晶」なのだと気付く。
因みに「クース・クース」とは北米インディアン語の“青みがかった澄んだ水色”の意味で、15年ほど前の開業時の宿泊棟は三基のインディアン・テント(Tippy)であったそうだ。今でもそのテントが木立の中に古びたまま残っている。
そんな楽しい話を聞きながら、退屈してむずかり始めた豆蔵をあやしつつ期待通りの夕食を終える。
時計は8時半を回っていた。
天候に恵まれた初日の走行距離は凡そ350km、心地よい疲労感につつまれる。豆蔵もぐったりと自分のベッドに蹲っている。いつの間にか降り出した雨音を聞きながら深い眠りに落ちた。

(7月20日)
いつものように5時頃そっと起き出す。
このリズムは何処へ行っても変わらぬものらしい。
足元に居た豆蔵が気付いてさっそく散歩の前のルーティン、屈伸運動を開始している。そしていつものコンビは湖畔の道を東へ30分の散歩に出た。雨は降っていないが霧状の冷気が肌に纏わり付くような高原特有の朝で、空はどんより雲が垂れ湖面は乳白色の絵具を薄く刷いたようである。奥河口湖はモーターボートのベースらしく湖岸にはあちこちにボートが陸揚げされていて、シーズン到来を待ちかねているようだ。
豆蔵も元気な足取りで宿に戻る。朝食前のスケッチを楽しもうと思っていたが、出鼻をくじくように霧が雨に変り始めていた。今日の天気は無情にも一日雨と・・・・・予想外にオホーツク高気圧が張り出し列島上の太平洋高気圧を圧迫しているそうで、梅雨明け宣言は何だったのかと天を仰ぐがこればっかりは抵抗のしようがない。
朝食はパンにチーズをのせたブルスケッタにコーヒーでゆったりした別れの時を過ごす。
そして午前9時レストランの前で記念写真を撮りオーナー夫婦に見送られて宿を出発した。豆蔵の本日のコスチュームは赤い縞のブラウスである。

第二日目の行程は東富士五湖道路を通って御殿場に出て東名高速に入り厚木インターで降りる。そして国道を走り継いで海岸沿いに葉山までの130Kmほどで、今日は息子の新居を訪ね一宿一飯の世話になる予定である。富士山の懐から駿河湾への道筋は天気が良ければその雄大な姿を色々な角度から堪能できるのに残念ながらこの曇天では諦めざるを得ない。
午後2時ごろに着くと知らせてあり急ぐ旅でもなく、茅ケ崎から江の島、鎌倉と続く湘南海岸を眺めながら車を走らせる。リゾート・ホテルが立ち並ぶ海岸はこれから夏本番を迎えるとあって、曇り空にも拘らず若者たちの行き交う姿で賑わいを見せ始めていた。 雨はあがっているが肌寒さを感じる程なのに水着姿の女性もちらほら・・・・・。
途中で軽食を摂り午後2時過ぎ厨子に到着した。
ネットで取った写真を頼りに息子夫婦が待つ新居に向かったが、道路が狭いうえにクモの巣のように複雑に入り組んでいて容易ではない。結局自転車で駆け付けた息子に先導して貰ってようやく目的地に着いたという次第である。

新居は狭いスペースをうまく生かした設計で全てフローリング仕立て、特に一体感のあるリビングダイニングが魅力的だ。また壁の中に収容されているような階段がよくできていて二、三階にベランダがある。屋上のテラスに出ると目の前に古い屋敷の木立が広がり、その向こうに葉山の海や遠く富士山を望む景色が息子のお気に入りとのこと。通勤には不便でも仕事と住まいは別世界でリフレッシュすることを優先するというのが私の暮らしのコンセプトであったが、息子も同じ考えに染まっているようである。今日は生憎の天気で富士山は遠い雲の中にお隠れであった。
豆蔵は例によって様子の違う部屋の探検を始めているようで、驚いたことにいつの間にか“階段降りの術”を会得し自在に私や相棒の後をついて回っている。 新しい家を豆蔵の粗相で汚すようなことがあっては申し訳ないと気を遣ったが、どうやらその辺りは心得ているのか心配はなさそうであった。
県立美術館(葉山)へ出かけ開催中の「松本竣介生誕100年記念展」を観賞したりして時を過ごし、夕餉は手作りのご馳走で歓待を受ける。酒は葉山の地ビールに河口湖から持ち帰った濁り酒で、楽しげな会話を聞きながら私は専ら手料理を味わう。特に今朝市場で買ってきたという太刀魚や鮃の刺身が旨かった。
疲れが溜まっているせいか酔いも早くリビングに布団を敷いて貰い就寝。豆蔵を居間で安心して寝かせるための介添えと監視役を押し付けたつもりらしいが、当人は9時頃にはもう“白河夜船”であった。

(7月21日)
午前4時に目を覚ます。
外はもう白み始めていて雲は低いが雨は降っていないようだ。気配を察した豆蔵は 自分のベッドの中で頭をもたげこちらを凝視している。
それではと5時を回るのを待って“豆蔵散歩”に出た。
昨日のこともあり道に迷わないように道筋を手帳に書き留めながら町内を歩く。昨日車で通った見覚えのある道もあれば曲がりくねった道や通り抜け不能の狭い道もあったりでまるで迷路のようである。堀内町内をグルリと一周するつもりがやはり迷い込み第四コーナー辺りでギブアップ、仕方なく書き留めたノートを頼りに来た道を引き返す羽目になった。
豆蔵の“臭い付け”など全くあてにならず、 似たような道を間違えるなど難儀をしながらようやく帰着した。豆蔵にとっては約一時間のハード・ウォークになってしまったのである。

そんな複雑な小道ばかりの町内だが大きな家も小さな家も家の形や庭造りに何かしら風情があり絵になりそうなポイントがいくつかあった。早朝のことで行き交う人も少なかったが、先方から挨拶されることも多く街路もきれいに掃除が行き届いていて民度の高さを伺わせる。
“葉山”というブランドがそうさせているのか、狭い道路に悩まされても住みたいと思う人が多いと聞く。
6時半ごろどうやら雨の心配はなさそうなので、せっかくのチャンスと今度はスケッチ道具を抱えて徒歩で5分ばかりの海岸に出る。まだ人影もまばらな海岸を10分ほど歩きようやく描けそうな場所を見つけた。ボートが引き上げられた砂浜にせり出すような民家のある一角を大急ぎでスケッチ、あらかた彩色して引き揚げる。(写真)
天気がよくもう少し時間があればと恨めし気に天を仰ぎながら戻った。
朝食を頂き小憩ののち全員で海岸へ出て散歩することになった。
豆蔵に初めての海を体験させようとの親心である。私にとっては今朝だけで三度目の散歩になるが「非日常の興奮」のせいか一向に平気だ。
砂浜に出た豆蔵は、せっかくなのに打ち寄せる波にはあまり関心を示さず、砂に鼻をくっ付けて海水の匂いを嗅いで廻っている。波が寄せると慌てて腰を引くという具合で楽しんでいるという風情ではないように見えた。“ポートレート海辺の豆蔵”を数枚撮り森戸神社まで足を伸ばして戻る。あるいは今日こそはと淡い期待を寄せたが、富士山はやっぱりお隠れであった。
9時半、並んで手を振る息子夫婦の見送りを受け再び降り出した雨の中を出発した。
また訪れる折もあろうと思うが、希望の地に新居を築いた二人がいつまでも幸せに暮らしてくれることを祈りつつ・・・・・。

昨日来た道を戻り茅ケ崎、小田原へと向かったが週末のせいかやはり道路が混んでいる。天候も回復の兆しがなく予定していた箱根観光を断念し二宮付近から秦野に抜けて東名高速道に入り帰路に就くことにした。
ガソリンを補給し秦野中井インターに入る。御殿場から開通したばかりの第二東名を走ってみるのも今日の楽しみの一つである。足柄SAで帰りの第一休憩をとり昼食代わりのたこ焼きを食べたが、本場大阪(道頓堀)のたこ焼きでなるほどと思わせる旨さであった。
御殿場ジャンクションから新東名に入る。
さすがに最新の高速道路で車線幅や路肩が広くカーブもなだらかで走りやすい。災害緊急時の機能を重視したと云われるが納得できる道幅である。トンネルも明るくて圧迫感がなく少しも疲れない。ついスピードが出てしまうがそれを感じさせず愛車BMWも所を得たように本領を発揮してくれる。
人気の沼津SAで興味半分の第二休憩、駿河湾を眼下に一望できる景観が評判で週末とあって大変な混雑ぶりであった。ドッグ・カフェやドッグ・ランが併設されていてペット同伴には有難いSAだが今日はいずれも満杯状態で利用を諦め用を済ませて再び走る。
生わさびを買いたいというので静岡SAで第三休憩をとりあとは一気に三ヶ日ジャンクションへ、時折雨に見舞われる中、新東名の走行距離は157Kmで快調な走りであったが、欲を云えばトンネルが多く山ばかりの単調な景観が物足りない。
旧東名に戻り豊田東ジャンクションから東海環状自動車道に入って可児・御嵩インターで一般道に降りた。これを以って三日ぶりに日常生活に戻った訳で食料品などの買い物をして午後4時半無事我が家に帰投した。
豆蔵は後部座席のハウスの中で終始おとなしくしてくれていたので大助かり、朝からの活躍で疲れが出たのかもしれぬが車酔いなど全く無縁の頼もしい家族だ。
第3日の走行距離は420Kmで三日間の総走行距離は合計900Kmに及ぶ。だがこの程度の運転は十分にこなせる体力に改めて自信を深めたものである。
二,三日目の天候が些か残念ではあったが豆蔵を連れての旅は充分に楽しく素敵な思い出になった。

久しぶりの我が家の夕食は海鮮どんぶりに熱燗でゆったりと我が庭を眺めながら疲れを癒す。
息子夫婦に感謝しながらしみじみ“Happy Days”幸せな日々を思うのであった。

(了)