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08  我が生家取壊し
平成14年10月26日(土)



在りし日の実家



無残な姿の実家(同じ角度から)


パッパ横丁からJR線の踏み切りを越した辺りで正面の風景が一変していた。

見える筈の実家が消えて田圃一枚挟んだ隣家が直接目に飛び込む。
取り壊し工事の重機がゴソゴソ動いている。
やはり壊されていた。
心のどこかに生まれ育った実家の最後は見たくないという気持と、父母に申し訳がないという気持も働いたか、急に車の足取りが重くなる。
隣の空き地に駐車し近くに歩を運ぶ。

既に木屑と化した柱や梁の残骸や屋根のトタン板が、重機の下敷きになって折り重なっている。 どの辺りの柱だったかもう想像もつかないほどへし折られ、折り曲げられている。沢山の実をつけていた大きな「なつめ」の木も踏み倒されていた。
わずかに台所、風呂場、トイレのブロック壁が在りし家の位置を示しているばかり、震災後のような無残な姿に変わり果てていた。

大八車や農機具類はすでに片付けられていたが、足元に手押しの「田の草取り器」がころがっていた。 家を守るように立っていた庭木が守るべき主を失ってションボリと並んでいたが、これも間もなく大きな蟹のはさみのような重機の手で刈り取られてしまった。
重機が動くたびに重く堅いキャタビラの下で悲鳴をあげるようにこなごなに壊される様子はさすがに見るに忍びない。
これでよかったのかと自責の念にかられながら、デジカメに何枚か実況写真を撮って退散した。 時節柄廃材の処分には随分手間がかかるそうで、工事はまだ2、3日はかかるという。

夜は近くのスナックに同級生達がいるというので出かけたが、取り壊し工事を依頼した先の社長も顔を出していて、"もうこちらには帰ってこないのか"とか、"跡地はどうするのか"などひとしきり酒の肴になったのは、致し方のないところか。
やけにほろ苦い地酒であった。

(了)