幾何学的遠近法を厳密に用いた構図になっていること、背景に描かれている絵額や地図、置物、散らばる紙片などにはそれぞれ寓意が秘められ人物の感情の動きや絵の物語性を表象しているなどと解説されていて一層興味をそそられる。
まず“フェルメール・ブルー”と称されるウルトラマリンブルーの鮮やかな色調で、同時に併用されているイエロー系の補色色相(フェルメール・イエローとでも云おうか)との絶妙な調和であり、今一つは一瞬の生き生きした表情や光の煌きを描き出す効果抜群の“点光源”描写である。光の表現に腐心した後世の印象派の画家たちを思い浮かべるが、フェルメールは光を受ける物体の質感を忠実に表現する中で光そのものの煌きを描き出したのである。
その極めつけがフェルメールの代名詞とも云える
≪真珠の耳飾りの少女≫だが、残念ながら写真で見るだけでまだ実物にお目にかかっていない。(2000年の春に大阪市立美術館へやって来たと知るが見逃している。今から思えば非常に残念。)
しかし豊田市美術館での
≪地理学者≫も含め観賞した4点のどの絵にもこの魅力はふんだんに盛り込まれていて十分に堪能することができた。
特に幸運であったのは、
≪手紙を書く青衣の女≫である。
昨年から今年にかけ所蔵元のアムステルダム国立美術館で全面的な修復作業が行われ、劇的に甦ったウルトラマリンブルーの青衣を実物で確認できたことだ。黄変した古いワニス部分を除去し剥落部はグァッシュで穴埋めするなどの大修復で甦った姿が初めてこの展覧会で公開されたとのことである。
余談ながらウルトラマリンブルーはラピスラズリという鉱石を磨り潰し溶液で溶かし植物油脂で溶いて作られ、通常の絵具の100倍もするという高価なものである。どうやらフェルメールには強力なパトロンが付いていたようだ。
フェルメールが活躍した17世紀のオランダは独立後間もなく世界に覇を唱える強国に急成長、豊かな商人たちには自分目線で芸術を楽しむ風潮が生まれ絵画の世界も市民生活を題材にした風俗画が愛されるようになる。また識字率も世界最高水準にあり郵便制度もいち早く実施され商取引の書簡や私信の手紙が急速に普及した時代であった。フェルメールの絵には手紙をモチーフにした風俗画が多く、展示された3点の他にも
≪恋文≫、≪窓辺で手紙を読む女≫があり、そうした時代背景を映したものである。
|
≪地理学者≫ 豊田市美術館出展 シュテーデル美術館(ドイツ)蔵 |
かくして約40分の殆どをフェルメールの展示室で過ごすことになったが、世界の至宝とも云うべき名画の展示だけに係員の監視の目も厳しい。
いつもの習性で感想や解説表示などをメモしていたところシャープ・ペンシルの使用をやんわりと注意され代わりにゴルフ場などで使う鉛筆を渡された。初めての経験でびっくりしたが金属部分のある物品を手にする危険を予知しての注意なのだろうか。ちょっと過敏ではとの思いもあったが、満たされた気分をいささかも損なうものではなかった。
観光バスで乗り付ける団体客も増え次第に混雑の度を加えてきた会場を出る。
この美術館ではもう片方のスペースで「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」が併行して開催されていた。フェルメールに目を奪われ全くノーマークであったが折角の京都遠征、見逃す手はないと“絵画展の梯子”を決め込むことにする。
一休みのあと人混みの中へ再突入・・・・・。
こちらは印象派、ポスト印象派の巨匠たちの名画がずらりと顔を揃える豪華版である。
モネの≪日傘の女性≫≪太鼓橋≫、ルノワールの≪モネ夫人とその息子≫、ドガの≪舞台裏の踊り子≫など画集でお馴染みの名画を始め、マネ、ピサロ、ロートレック、ゴーギャン、シスレー等見応え十分で、トリはゴッホのただ一点で初来日の≪自画像≫であった。自殺に至るその前年に描いたものとされるが、黄色を基調とする生々しい筆致で描かれ眼光の鋭さが観るものを威圧する。
人気の印象派とあってこちらも盛況であったが、今日の感じでは会期末が迫っているせいかフェルメール展の方に軍配が上がっていたようだ。しかしこんな大きな展覧会を同じ美術館で同時並行させる贅沢はやはり京都ならではと感じられる。
トータル約2時間の観賞を終え走りにくい東大路通を南下、再び雨の名神高速に入って朋友たちの集う信楽高原へ急ぐ。
『朗報 「真珠の耳飾りの少女」に逢える!』(11月8日朝日新聞)
来年「マウリッツハイス美術館展―オランダ・フランドル絵画の至宝」と題して開催される展覧会にあの「真珠の耳飾りの少女」が来日する。2000年以来12年ぶりで是が非でも逢いに出かけなくてはなるまい。
東京都美術館 6月30日〜9月17日 (改修リニューアル後初の展覧会)
神戸市博物館 9月29日〜翌1月6日
(了)