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68 世界遺産『姫路城』平成21年11月19日
ある日の新聞に「姫路城大修理」のニュースが掲載されていた。
白鷺城の別名を持つ天下の名城も“昭和の大修理(昭和31年〜39年)”から45年を経てあちこちに傷みが目立つようになったらしい。
来年春着工して約5年の計画で、その間あの大天守閣の麗容は不細工な素屋根掛けで覆われてしまうというのである。(末尾の工事日程参照) 秘かに日本の世界遺産14ヶ所全てを見ておきたいと思っている我が身にとっては一大事と、ちょうど紅葉も見頃であり “日帰りスケッチの小旅行”を思い立った。
気侭ないつもの一人旅は天気次第だが昨日の氷雨も去って行楽日和との予報に、リュックに画材を積みこんで名古屋駅へ。どこにでも座り込んで絵筆をとれる得意のいでたち、「ホームレス・スタイル」と家族から揶揄されるが一向に構わず8時発の新幹線に乗った。(余談だが実際に中川運河沿いで間違われてしまった経験がある。)
途中新神戸駅で乗り換え9時45分姫路駅に降り立つ。ひんやりして薄雲が広がる空模様であったが予報を信じ胸を躍らせて城に向う。
駅前の大通りに出ると誠に呆気なく国宝“白鷺城”が姿を見せた。
5分も歩いたろうか五層の大天守を正面に見上げる三の丸広場に着く。平城(ひらじろ)とはいえ高さ数十メートルの小高い丘に立つ堂々たる威容だ。左側に小天守を従え少しベージュがかった白壁が輝く様はまさに「白鷺」の名に相応しい。 城の足元を埋める森は所々に秋の彩を加えて鮮やかなコントラストを見せている。10時開場を待つ広場には三々五々観光客が集まり始めていた。
とりあえずさっそく一枚をと広場の片隅に陣取ってスケッチブックを拡げる。
もの珍しげに覗き込む観光客はいつも通りだがやはりここでもアジア系外国人が多い。中国や韓国系の言葉が耳元にうるさいが何を言っているのかさっぱり分からないので平気の平左だ。
1時間余り仕上げにかかった頃に英語で話しかけられた。白人の夫婦連れのようであったが、描いているところを写真に撮ってもいいかとカメラを向けるポーズである。「どうぞ」とにっこり頷くとシャッターを切り「ありがとう」と言って大手門の方へ去って行った。「you’re welcome」位の気の利いた対応が出来なかったのかとチョッとばかり悔やむ。(第1作)
昼近くになって青空が広がり始め城郭や紅葉の森が一段と輝きを増してきたようだ。
登閣口でチケット(500円)を求め入城するや見上げる右手に、西小天守と乾小天守を従えた大天守閣が一段と貫禄を見せて聳えていた。その迫力と美しさにただ呆然と見とれるばかりであったが、これを描かずして何の顔(かんばせ)かと我に返り「菱の門」の東側に少し入ったところで再び意欲を燃やす。
観光客もさすがにそこまでは入ってこないので自分の世界に完全に浸りきっての夢中のスケッチであった。(第2作)
我ながら上出来とほくそ笑みながら道具を片付けていると、ガイドの声が聞こえてきた。
「なぜ市街地丸焼けの空襲でその真ん中にあるこのお城だけが無傷に近い状態で助かったのか?」自分も持つ自然な疑問でつい聞き耳を立てると、「城郭全体を擬装用の網で覆う工作がうまくはまって、無差別爆撃の命を受けた米軍のパイロットが一帯が沼のように見えたので爆撃は無駄と判断した。」との逸話を声高に紹介しながら通り過ぎていった。
時計は午後2時をまわり新神戸駅での軽食だけのすきっ腹を抱えていたが晩秋の日没は早い、せっかく拡がった青空が勿体なく我慢することにして城内参観に向う。
案内書の順路に従ってポイントを回り幾重にも拡がる城郭の構造や石垣の造形をデジカメに収めながらその見事な美しさを満喫、とりわけ真っ青に晴れ上がった秋の空に白い壁の陰影が誠に印象的であった。なぜ今大々的な修理工事が必要なのか外見からは全く感じることが出来ない。
城郭内を一回りしたあと「将軍坂」に戻る。「はの門」付近の石段の坂道だがテレビや映画の時代劇によく出てくる名所と聞き、出来ればスケッチしたいものと秘かに企んでいた。
人気の名所だけに人通りも多くさすがに気が引けたが、なるべく邪魔にならない所で何とかスケッチ・ポイントを見つけて描き始める。
現地スケッチ |
描き直した油絵(F-20)
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鉛筆のスケッチをし終えた頃に突然警備員に声をかけられた。「絵の具を使うのなら事務所の許可を得てくれ。通路の邪魔になるので場所を変えてくれ。」とのことである。全く予期せぬ忠告に「えッ」と鼻白ろんだが今更事務所へ行くのも面倒で「わかりました。」とやり過ごし、鉛筆のスケッチを入念に仕上げたうえ写真を撮り色調を頭に叩き込んでその場を立った。(第3作―帰宅後彩色したもの))
最後に高揚していた気分が一気に醒める思いであったが、城郭を出て三の丸で振り返ると傾き始めた晩秋の陽光と早くも沈み始めた山際の空を背景に一際天守閣が冴えわたっていた。名残を惜しんでくれているようでやっぱり来てよかったと実感する。
大手門を出たところにある小さなうどん屋に入る。ようやく昼食にありつけたがもう3時半を過ぎていた。
天ぷらうどんと餃子を注文し今日の収穫を眺めながらの缶ビールは格別である。半端な時間で店内はガラガラ、手持ち無沙汰な女性店員と今日のお城の様子などを話していると一人の老人が入ってきた。
店員は「先生」と呼んで親しげであったからこの店の常連であろう。82歳というが外人相手の観光案内をやっているといいそんな年にはとても思えない。昔学校の英語教師をやっていたらしく如才のない話しっぷりでつい引き込まれる。 さっそく今日の「将軍坂」での出来事を話すと、白漆喰の壁が売り物の姫路城だけに絵の具が飛んで汚すことを恐れての「イエローカード」で、世界遺産に指定されてから特に厳しくなったという。そんな不遜なヘマなどする筈もないのにご苦労なこととようやく納得した。先生にもスケッチを見てもらうなどひとしきり「旅とスケッチ」談義に花が咲く。
次は改修工事も終りお化粧直しが済んだ姫路城に再びお目にかかりたいものと言い残して店を出た。
姫路の街はすっかり暮色に包まれてネオンが目立ち始め、描いた3枚のスケッチ分だけ肩のリュックが重くなっていた。
【参考】大天主閣保存修理工事日程(姫路城ホームページより)
工事内容 漆喰壁の補修と屋根瓦の葺き直し
平成22年1〜3月 資材搬入用足場建設
平成22年4月〜 素屋根(大天主閣)建設 4月12日から約10ヶ月天守閣登閣不可
平成26年完成予定
(了)
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