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67 ニューヨークを熱狂させた男・松井秀喜

平成21年11月5日


11月5日朝10時、ワールド・シリーズ生中継のテレビにかじりつく。
3勝2敗と王手をかけて本拠地ヤンキー・スタジャムに戻ってきたヤンキースが、対フィリーズ第6戦を戦う。DH制のない敵地で代打出場に甘んじていた松井秀喜が第2戦以来の待望のスタメン復帰である。シリーズ第5戦までの松井の成績は9打数5安打2本塁打2打点と好調を維持していて期待が膨らむ。特に第2戦では決勝のホームランを放ち緒戦の敗戦からチームを立ち直らせているし、敵地では代打で3打数2安打ホームラン1本と無類の集中力を発揮している。

ペディットとマルチネスの先発でゲームが始まった。
松井は通算打率1割4分3厘とマルチネスを苦手にしているが、今シリーズは第2戦で決勝ホームランを含む2安打を放っている。2回裏にロドリゲス四球出塁で5番・松井に打席が回る。右翼に特大のファウルを打ち上げた後のフルカウント、真ん中のツーシームを真っ芯で捉えて、右翼2階席に放り込む先制の2ランホームランを放った。チームを勢いづかせる豪快な一撃で、これは凄いことになりそうとの予感が身を震わせる。(写真は先制2ランを放った瞬間、中日新聞より)

ペディットが長打を許して1点差と迫られた3回、今度は満塁の好機がやってきた。ロドリゲスが三振に倒れ2死となって打席に入る。2−0と追い込まれたが3球目の外角高めのツーシームを見逃さずセンター前に合わせて2点タイムリー、たちまち3点差と突き放した。総立ちの大観衆の歓声に手を振るでもなく平然とした表情で塁上に立つ姿は「この程度で喜ぶわけにはいかない。」と言いたげで頼もしい限りである。結局フィリーズが頼みのマルチネスを4回でマウンドから引きずりおろすことになった。

3打席目は5回裏、代わったダービンからジーター、テシェイラの連打で5−1とリードを広げさらにロドリゲスが四球でつないだところで松井を警戒し左腕ハップがマウンドへ。後のないフィリーズは必死の防戦である。 松井は1−3と有利なカウントから真ん中高めのスライダーを痛打、右中間フェンス直撃の二塁打を放って駄目押しの2点を加えた。7−1となって完全に敵の戦意を喪失させる千金の一撃で大観衆はもうMVPコールの大騒ぎ、私も鳥肌が立つ興奮を覚えた。実にこの試合6打点目を記録した(シリーズ・タイ記録)塁上の松井は依然無表情で冷静そのもののように見受けられるが、彼自身信じられない興奮を噛み締めているようにも映った。
「フォア・ザ・チーム」を念頭に戦い続けてきた松井が今紛れもなく「牽引する主役」に躍り出た瞬間であり、このままヤンキースが勝てば日本人初のMVP獲得も間違いないと思わせる素晴らしい活躍である。

名古屋に所用があり後ろ髪を引かれる思いでテレビの前を去ったが、松井の第4打席は三振に終ったものの結局守護神リベラらでフィリーズの反撃を2点に抑えて7−3で逃げ切った。松井宿願の9年ぶり27回目のワールド・チャンピオンの座に就いたのである。

フイリーズ 001 002 000=3
ヤンキース 022 030 00 =7

86年の歴史を刻んだ旧ヤンキー・スタジャムから新球場に替った記念すべきこのシーズンでヤンキースは見事にニューヨークっ子の期待に応えることが出来た。
勿論MVPは文句なしで松井秀喜選手の頭上に輝く。DH専門の選手としても史上初となる快挙であった。
名古屋でも人ごみの中で聞こえてくる「松井・MVP」の声に関心の高さが伺え、街角のテレビには観客席に設けられたお立ち台でトロフィーを高々と掲げて喜ぶ松井の顔が大写しになっていた。(写真 中日新聞)

私が敬愛するあまたのプロ野球選手のうちその最高峰が長嶋茂雄と松井秀喜であると思っている。
偉大な「記録」より心に焼きつく「記憶」に残る選手として共通するのかも知れない。夫々の同世代の王貞治やイチローが前人未到の大記録を打ち立てた国民的英雄であることは言うまでもないが、彼らとの違いがあるとすればそれはファンとの距離感ではないか。
何か人間的で不完全でそれでいてここぞという時には無類の勝負強さを発揮して共感を呼ぶ。また失敗した時でも「大丈夫だ、次があるさ!」と肩を叩いてやりたくなるような気持ちにさせられる雰囲気を持っている。
105回を数えるワールド・シリーズでMVPを獲得するほどの大活躍をした選手は、名門ヤンキースでも『レジェンド(伝説)』と呼ばれる特別な存在とされている。ニューヨークの熱烈なヤンキース・ファンの心に強烈な印象を残したその伝説の選手に松井秀喜は堂々と名前を刻むことになったのである。明日はニューヨーク市街の凱旋パレードが予定されているという。ビルの谷間には松井への歓呼の声が溢れるに違いない。

93年のドラフト会議で超高校級の強打者「松井」を引き当て、その松井が師と仰ぐ長嶋茂雄がこの試合を見て次のようなコメントを寄せている。
『松井の笑顔を見て涙が出るほど嬉しさがこみ上げてきた。ヤンキースに入団して7年心身ともに苦労が多かったと思う。今季もコンディションに不安を抱えながらプレーしていたようだが最高の形で報われた。』と。松井が素振りにこそ打撃の全てが凝縮されていると一心不乱にバットを振り続けたのも尊敬する長嶋元監督の教えであり、それを信じて幾多の苦難を乗り越えてきたのである。

さてその松井秀喜だが今季は契約4年目の最終年に当たり、優勝の美酒に酔う間もなく契約更改交渉が始まる。06年の左手首骨折にはじまり07年の左膝手術、昨年の右膝手術と故障続きでこの2年は専らDHでの出場となっている。4年総額62億円の報酬にふさわしい活躍とはいい難く、35才の年齢も絡んでシーズン途中から契約打切りの報道が流れていた。
このシリーズでの大活躍が契約更改にどう影響するのか今のところオーナーやGMに明言はないが、松井は「ニューヨークが好き、ヤンキースが好き、そしてファンが好き」とピン・ストライプを着続けることを願っている。しかし現在のようにDH専門の打者として使われるようだと選手寿命が短くなる恐れがあるので守備機会のある起用を望んでいるとも報じられている。
再びワールド・シリーズの舞台に立ちチャンピオンになることが望みという松井が移籍も視野に入れての交渉となりそうでこの一ヶ月が注目される。

やはり名門ヤンキースのピン・ストライプが似合う松井秀喜である。

(了)