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64   豆蔵クンの旅『八ヶ岳・清里』

平成21年5月25日〜27日


(5月25日)
午前8時、我が一家には珍しく予定時刻どおり出発した。
今日から2泊3日の「豆蔵帯同・夫婦の旅」の始まりである。何しろ豆蔵を連れての旅は初めてで準備が大変であった。特に泊めてくれる宿探しで、それも場所・内容とも相棒(妻)のおめがねに叶う宿となるとなかなか難しい。ネットで調べまくり八ヶ岳・清里方面でようやく2つのペンションをゲットしたものである。天気予報はちょうど合わせてくれたように好天続きと出ている。BMW君も久し振りの長距離ドライブでご機嫌のようだ。
小牧インターから中央高速道路で小淵沢(山梨県)を目指す。途中飯田インターで一旦降りて早朝割引の恩恵を受けるなど小細工も働かせて小淵沢インターへ到着、道の駅で少憩のあと八ヶ岳高原ラインをゆっくりと清里へ向った。八ヶ岳の裾野に広がる高原は新緑の真っ只中で行き交う車も殆どない。長時間の車の旅で心配した豆蔵クンは珍しそうに窓の外を眺めたり、悪戯をしたりで至って元気だ。
まずは見晴らしのいい「まきば公園」に降り立つ。眼下に広がる牧場と森の向こうには秩父山系の山々が連なる素晴らしい眺望で、その右端に見える筈の富士山は残念ながら山際の雲に遮られてその姿を拝むことは出来なかった。背後には意外な近さで八ヶ岳連峰が迫っている。
さすがに標高1、300mを越える高原で吹く風も冷たい。日当たりのいいベンチを選んで買い込んできたお握りを食べる。いつもならレストランでランチをということになるところだが、早くも“豆蔵効果”である。豆蔵クンは車を降りてもお利口さんを演じていた。
さらに標高1,500mの「美しの森」に足を伸ばす。
八ヶ岳を望む展望台までの往復30分の遊歩道を2人+1匹で散歩。観光客も三々五々といった感じだが、子犬連れは珍しく特に若い娘達には恰好のアイドルになり豆蔵クンは得意気に尻尾を振っていた。今高原は鶯が鳴き山つつじが咲く春爛漫といった風情で、しばらくは八ヶ岳連峰の景観を楽しむ。特に最高峰赤岳(2,899m)の迫力ある山容が印象的であった。
清里の方へ降りて牧場の続く中にある八ヶ岳南麓開拓の拠点「清泉寮」に寄る。10人ほどの絵画グループが画架を並べている様子に絵心が疼いてスケッチ・ブックを拡げた。寮越しの赤岳を約1時間で描く間、相棒と豆蔵は散歩したりして時間をつぶす。子犬を飼っているという若い夫婦連れに話しかけられひとしきり楽しげに“ペット・ライフ”を語り合っていた。
午後4時、第一日目の宿「森の時計」へ向う。 途中「まきば公園」に寄ると富士山が雲を払ってその雄大な姿を浮かび上がらせていた。
帳尻を合わせてくれたようで嬉しくなり、それではと窓を少し開けた車の中に豆蔵を残してレストランでコーヒー・タイム・・・・・何とも至福のひと時であったが、心得たとばかり豆蔵クンは座席にチョコンと座って待っていた。
宿のパンフレットと地図を頼りに目指すペンションを探し当てる。背の高い赤松が林立する森の中に若い夫婦が経営する小さな宿があった。客室は五つあったが部屋も風呂も想像以上でしかも今夜は我々一家のみで貸切状態、お庭にはドッグ・ランのスペースがあり愛犬用の細やかな心配りがされていて清潔感もあるお洒落なペンションであった。
ドッグ・ランで豆蔵を遊ばせていると宿の主人が小さなメス犬「愛々」チャンを連れてきた。犬種はセットランド・シープドッグ(通称シェルティ)で一緒に遊ばせようとの気遣いだったが、やっぱりシャイな豆蔵は近づく愛々チャンを見ると逃げまわるばかり・・・・・。
夕食はフランス料理と赤ワインを楽しむ。焼きたてのパンが特に美味しかったが、後で聞くと宿の主人は元パン職人だったとのことである。豆蔵クンは部屋で夕食を餌にハウスの中に閉じ込められる。夕食のテーブルでも行き届いた心配りと品の良さに、とかくうるさい相棒も大いに気に入ったようであった。余談ながら熱燗はないかと尋ねて相棒にたしなめられる一コマも。
かくして第一日目は暮れていったが、豆蔵もさすがに初めての経験で疲れたのかハウスに潜り込んでぐっすり・・・どんな夢を見ていることやら。

(5月26日)
朝6時いつもの日課は旅先でも変えず豆蔵を散歩に連れ出す。自慢の裏技“早朝スケッチ”はこの際封印である。早朝の別荘地は心地よい冷気の中に人通りもなく静まっていた。豆蔵クンの軽快なステップはいつも通りで20分ほど歩いて戻る。朝食は勿論洋食、今朝も暖かいパンで腹を満たす。雲ひとつなく晴れ上がった好天の下、9時半主人夫婦が見送る宿を出発した。
今日の目玉は清春芸術村・清春白樺美術館である。
「銀座吉井画廊」のオーナー吉井長三氏が廃校になった小学校の跡地を買い取って建てたもので、吉井氏が心酔するジョルジュ・ルオーの蒐集・展示で知られる。たまたまNHKのラジオ深夜便に氏が出演し紹介されていたのを聞いて是非訪れてみたいと思っていたもので、豆蔵の旅にかこつけて実現した重要なプログラムである。
JR中央本線長坂駅近くにあり程なくトンガリ屋根と十六角形の風変わりな建物が現れた。パリ・モンパルナスにある“エコールド・パリの巣窟”アトリエ・アパート「ラ・リューシュ」の設計図を買い取って本物そっくりに建てたという。清春白樺美術館はその名の通り白樺の林の中に茜色の壁が左右に広がる瀟洒な建物で、私はちょうど9時開館の本日第一号の客であった。ルオーの絵を中心に二つの部屋に50点ほど展示され、キリスト教に題材を求めた宗教画の雰囲気があったが、小品ながら大胆で迫力のある輪郭線と色彩の表現は観るものを圧倒する。武者小路実篤が書いたルオー評の原稿が展示されていたが「宗教画を超える何かがある。」との評論に共感するものがあった。
そうこうしているうちに雰囲気にそぐわぬざわめきが聞こえてきた。団体客がぞろぞろと小さな美術館を埋め始め最早これまでと美術館を出る。構内にはルオーが彩色した十字架とステンドグランスがある礼拝堂やルオーに傾倒した梅原龍三郎のアトリエがあり見て歩いたが、白樺林を通して見る白い礼拝堂に再び絵心が疼きベンチに座ってスケッチ・ブックを拡げる。
気がつくともう時計は正午をまわっていた。
豆蔵の相手をしながら私の我が儘を許してくれた相棒に感謝しつつ昼食は構内のレストランのテラスでビーフ・カレーを注文した。テラスの隣席に子犬連れの中年女性が座りさっそく愛犬談義が始まる。ヨークシャー・テリヤの小型犬で名前は「陽太」クン、最初は珍しそうに鼻をつき合わせていたがそのうちに互いにそっけなく無視、専ら飼い主同志の話に花が咲いたようである。
また修学旅行の高校生も3人4人とやってきて豆蔵の気を引いていたが、当の本人はさっぱり関心がないようで適当に応じている風に見える。
たっぷりと豊かな時間を過して2人+1匹は芸術村を後にした。
この地方ではどこからでも甲斐駒が岳の肩を怒らせたような山容が見られ、まだ残雪を頂いて辺りを睥睨していた。
当初二日目は長坂近辺で遊ぶ予定であったが、暑いくらいの陽射しのうえに意外に行く先に乏しく結局涼を求めて清里方面に行くことにした。
再び清泉寮近くのファームのひとつに入り込んで広々とした牧場を眺めながら午後のひと時を過す。広いドッグ・ランがあったが残念ながら本日休業の札がかかっていた。
洒落たペンションやコーヒー・ショップが点在するファーム通りをゆっくりドライブ、二日目の宿「モーニング・ミスト」へと向った。
JR小海線甲斐小泉駅近くとあるが細い道が交錯していてなかなか見つからず苦戦したが、ようやく別荘地の杉林に入ったところで小さな看板を見つけた。平屋建てで三室だけのペンションだが、今日は私たちのほかに大垣から来たという一組の「夫婦+2匹のラブラドール」が相宿であった。
さっそく部屋に落ち着くや庭に作られたドッグ・ランに豆蔵クンを放す。長時間連れまわされた鬱憤を晴らすかのように勢いよく駆け回っていた。知らぬ間に階段を駆け上がる術を身につけている。 6時半から夕食、ここでも洋食の料理が出されたがパンではなくご飯であった。隣席の客と愛犬談義に花を咲かせながら楽しい食事となったが、どうやらこのペンションの常連さんのようで途中から宿の主人も加わって一層賑やかになる。そして互いの愛犬のお披露目となったが、真っ黒の大きなラブラドールに恐れをなしたか豆蔵は必死で逃げ回る臆病振りをさらけ出し、可哀相になって早々に部屋に戻る。嫌がる豆蔵に無理やり臭い嗅ぎの挨拶をやらせたのもまずかったようだ。部屋へ帰っても興奮冷めやらぬ豆蔵は寝つきが悪くチョットした物音にも敏感に反応して吠える。夜中の1時ごろ何に怯えたか「ワン」の一声で目が覚める一幕もあった。同伴の旅も楽ではないなと思ったが、豆蔵クンもそう思っているに違いない。

(5月27日)
少々寝不足気味であったが、それでも日課はこなさねばと豆蔵を連れて散歩に出る。豆蔵クンは昨夜のことはすっかり忘れたように元気で何の心配も要らぬようだ。多少雲が多いが今日も天気に恵まれている。
8時から朝食、隣室の客に昨夜は迷惑をかけたのではとお詫びする。
ペンションの前でホームページに載せたいという宿の主人のカメラに収まり最終日のドライブに出発した。富士見高原を抜けて白樺湖・車山高原を走り、諏訪湖に下り昼食をとって帰路に就くという行程を描いているが、気の向くままのドライブなので途中変更もおおありである。
再び八ヶ岳高原ラインに出て西へ向かい通称“鉢巻道路”を走って富士見高原を北上、途中で八ヶ岳美術館に寄る。内田百音・墨画展が催されていたが、それより常設の郷土の画家清水多嘉示の絵に注目した。最初に目についた風景画に佐伯祐三の影を感じたのである。1925年〜28年にかけてパリに渡り佐伯祐三と交友を持ったと経歴に記されていたのでおおいに納得、あとで調べたが佐伯祐三に関する資料の中に清水多嘉示の名が出ていないので、それ程の関係ではなかったのであろう。それにしても私の直感もたいしたものよと自画自賛である。そのほかヴラマンク、セザンヌ、ルノアールなど当時の錚々たる画家たちの影響を受けていると感じられる絵が数点あり思わぬ楽しさであった。
別荘地を出てしばらく走ると広々とした牧場が続きそのひとつに車を止める。ちょうど幼稚園の園児達が来ていて目ざとく豆蔵を見つけ駆け寄ってきた。そして「可愛い!可愛い!」の大合唱、豆蔵はまんざらでもないらしく鼻を寄せていたが、どこへいっても豆蔵は人気者である。
西側から仰ぐ今日の八ヶ岳は半分雲に隠れていたが、新緑の野山が補って余りある鮮度を見せてくれていた。つづら折れの山道を登り白樺湖から車山高原を走り、頂上のレストランでコーヒーを飲む。残念ながら富士山を遠望することは出来なかったものの、高原を吹き抜ける涼風はさすがに一級品であった。
その後一気に諏訪市に下り湖畔の「そば蔵」で昼食をとることにした。暑い陽射しのなか車に閉じ込めるわけにもゆかず、店の前の目に入る場所につなぎ中から監視しながらそばを食べるという苦肉の策をとる。そんなわけでせっかくの蕎麦の味も半ばぐらい・・・といったところであったが、一方の豆蔵クンは時々店内の我々の姿を確認し安心したのか素直に待っていてくれた。
岡谷インターから中央高速道路に入り帰途に就く。豆蔵は家に着くまでの間ほとんど昼寝状態でやはり疲れたのであろう。午後3時前に無事帰宅した。

かくして2泊3日の豆蔵との旅は恙なく終了。
心配した車の中の長旅は全く意に介せずと狭い車内を歩き回ったり眠ったりと好き放題、車酔いなど気配すら見せなかった。宿での豆蔵は粗相が全くなく食欲も旺盛で元気そのものであったが、色々な犬達と接したせいかチョットした物音に敏感に吠えるようになった点は反省が必要だ。特に2日目のラブラドール母娘との接触はかなりのストレスになったと思われる。
総じて豆蔵クン自身の旅は合格、それに愛犬を介して誰彼となく話が出来る楽しさはまた格別である。旅には付き物の夫婦喧嘩も全く影を潜め「豆蔵効果」を存分に享受できたことなどおおいに評価できる収穫の多い旅であった。

(了)