原監督:すごい侍が集まって、世界の強豪に勝てたことに価値がある。一日一日チームがまとまって団結しあって進化した。重圧につぶされそうになった時もあったが、それをはねのけて喜べるのは、野球界にも、日本の国にとっても良かった。
『侍ジャパン』のWBC連覇に沸きかえった日本列島、まだ覚めやらぬ熱気の中、原監督以下総勢36名の軍団が凱旋帰国した。経済効果は500億円を越すとか越さぬとか暗いニュースばかりの日本に一陣の春風をもたらしてくれたことに感謝したい。
この大きな仕事をやってのけた第一の功労者は何といっても原辰徳監督であろう。
海千山千の猛者たちの心を一つにして連覇という大目標に向わせる将領の資質とは一体何か。
まずはイチローが指摘するように現場での感性が選手と共有できる現役監督であること。対戦する相手の力量と自軍選手のコンディションを的確に把握し柔軟に対応できる感覚はやはり現役の監督に勝るものはなく原監督の采配は概ね納得性があり十分に期待に応えるものであった。
当初3番に予定していたイチローを不調と見るや本番前に居心地のいい筈の1番に戻し好調な青木を3番に据え「不動の基軸」にした。4番打者を固定せず相手投手や状況に応じて村田(4試合)、城島(2試合)、稲葉(3試合)、を使い分け、クローザーも馬原、藤川がいま一つと見ると先発3本柱のダルビッシュを指名し準決勝、決勝を託す。中継ぎでは杉内が好調と見るや毎試合スタンバイさせ機を見て投入し悉く成功している。その場に臨んでチームが勝つための最善策を選んだ結果である。
作戦面でもヒットエンドランなどここぞという時の積極果敢な作戦が試合を重ねるごとに的中度を上げ幾度となくチャンスを膨らませ得点に結び付けていた。選手の心理状態にも心を砕いた采配が実を結んでいったのである。
短期決戦では相手情報の多寡が勝敗を決すると言われるが、情報を詰め込み過ぎて動けなくなってしまった北京の反省を踏まえ、情報は程々に現場で戦う選手の感性を重視する姿勢を貫く。データ野球の権化で毒舌のあの野村楽天監督でさえ文句なしに賞賛する采配であった。
また「審判を味方につけること」も重要な戦術とし、審判員には紳士的に接するよう徹底し自らも率先実行した。韓国第三戦で判定に不服の態度をとったとして退場を命じられた城島に試合後厳しく注意したと伝えられている。
時には非情に徹する監督の姿もあった。2次ラウンド最終の韓国戦で足を痛めた村田選手に帰国を命じ代わりに広島カープの栗原選手を急遽招集した。仮に試合には出られなくても皆とベンチに居させてやりたいと思うのが人情だが、激戦が予想される決勝トーナメントを控えて一人でも多くの働ける選手を確保したいとの一心で非情の決断をしたのである。
原監督は50才になったばかりで選手との距離も近く親父というより兄貴分といった雰囲気がある。明るい性格で試合後のコメントに見るように常に前向きで、選手個々の活躍ぶりに褒めることはあっても誹謗することは決してしない。
あくまで主役は選手達で監督は如何に選手達が気持ちよくプレイ出来るかを考え実行することと明言する。闘い終わった記者会見で大活躍の青木選手がいみじくも「監督の心遣いで気持ちよく闘えた。」と述べている。
「使う選手は超一流選手ばかりでサインなど不要なほど今何をやるべきかよく分かっている。信頼して起用した以上とことん信頼してやる。」というのが信条で失敗しても嫌な顔を見せない。
この辺り常に監督が前に出て敗北した星野ジャパンとは好対照と云えるかもしれない。最近の若者気質の選手が持てる力を最大限に発揮するためにどちらが適しているかは論を待たない。イチローが「このチームにはチーム・リーダーは要らない。」というほどで、若い選手も含めて選手たちの日本代表という自覚と覚悟が日一日と強くなっていったのであろう。
召集時茶髪金髪の選手もいたようだが日の丸のユニホームを与えられて自然に髪が黒くなったと原監督が述懐していた。
あれだけの選手を揃えて戦えば勝つのも容易と考える向きもあるが、プライドの高い選手達を一つの方向に結集させ連覇という重圧の中でその実力を存分に引き出すことは大変難しい仕事である。ましてや先輩監督のようなカリスマの威力を帯びていないとなれば自身にかかる重圧ははかり知れない。原監督は己の力量を冷静に見極め「選手が主役、選手の力を信じること」に徹してその困難な仕事に取り組み、彼の野球生命を賭けたとも云える戦いに見事な勝利を収めたのである。
優勝後の祝賀会で監督がシャンパン片手に
「ホントにお前サン達、強い侍になった。おめでとう!」と叫んだ時、居並ぶ選手達の本当に嬉しそうな瞳が眩しかった。スポーツの素晴らしさを実感する瞬間なんだろうと羨ましく思った。
日の丸のもとに結集し激戦を闘った侍たちは帰国後休む間もなく夫々の球団に戻って1週間後に迫るペナントレースの開幕に備える。原監督は成田での記者会見で
「正々堂々、世界の強者(つわもの)を相手に戦って勝った。覚悟と潔さをもって、気力と粘りの『日本力(ぢから)』を見せつけてくれた。」と選手をたたえた。
選手達には貴重な経験と世界チャンピオンの名誉を胸にさらなる飛躍を遂げて欲しいものであり、原監督も巨人の監督に戻って指揮を執るが、WBC連覇の偉業を成し遂げて押しも押されもせぬ大監督への道を歩み始めたと云っても過言ではない。
(写真(中日スポーツ)は帰国後の記者会見に村田選手を呼び金メダルを首にかけてやる原監督。村田選手の復帰はゴールデン・ウィークの頃になるとみられる。)
(参考)
WBC(vol.2)“侍ジャパン”の成績
@ 全9試合 7勝2敗 (内韓国戦3勝2敗)
A 打撃成績 打数308 安打92 打率 .299 本塁打 4 盗塁 11
B 投手成績 投球回数79 被安打50 自責点15 防御率 1.71 被本塁打4 奪三振75
(了)