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04  かわいい”間借り人”顛末記

第一章 【山鳩営巣】 平成14年4月29日(祝)

春のわが庭は賑やかである。

木陰の一角に作っている餌場に、時折買ってきた餌を置くと、どこかで見張っているのか待っていましたとばかりに数羽の雀が飛来する。近くの木にとまって様子を見ながらだんだんと近づいてきて、まず勇気のある一羽が餌場にとりつく。そして食事を始めるのだが、やってくる雀たちの構成で変わるのか、実力者が食べ終わるまで他の鳥は傍で待っている場合もあれば、一斉に数羽が餌場に取り付いて大騒ぎとなる場合もある。時にはつがいでやってきて仲良く並んでついばむ光景もある。
雀の世界もなかなかに複雑なようだ。

ところがである。
先週の日曜日であった。朝、餌場に足を運ぶと枯れ木の小枝が沢山足元に落ちていることに気付いた。どうしたんだろうと上を見上げよく見ると、もみじの葉陰になんと直径30センチほどの鳥の巣が出現しているではないか。まだ工事中で資材調達に出向いているのか主は不在である。妻に聞くと、どうやら山鳩のようでこの頃大きな羽音を立てながらつがい(夫婦)でやってきては巣造りに励んでいるとのことであった。

住まいにしたその木は高さ5メートルぐらいの草もみじの木で、春は芽吹きが盛んで小枝が伸び若葉が密集して、営巣にはもってこいの環境を作っている。しかし木の真下はガーデンセットを置いた我が家の人間達の憩いのスペースになっており、餌場への通路にもなっていてとても安心して子育てが出来るような場所ではない。
大胆不敵と言わざるを得ない。

そんなことには一向に無頓着な彼らは間もなく巣を完成し、この頃は交代で巣の上に座って日長のんびりと過ごしており、どうやら卵を抱いている気配である。
これはいい題材とばかり、「デバカメ野郎」がデジカメ片手に巣に近づく。密集している葉が邪魔になったが、何とか収めたのが掲載した写真である。(中央に右向きで座っている)
撮影の間も一向に飛び立つ気配はなく時折愛くるしい目で悠然と私を眺めていた。
親は強しと言うのか、高齢化社会の到来で元気がなくなっている人間どもを見越して怖れなくなっているのか、野鳥保護の行き過ぎ(?)で鳥の数が増えて住宅難になり贅沢が言えなくなっているのであろうか。何かこの頃の世相を見るようである。

もう一つ気が付いたことがある。
鳩といえば都会のマンションなどでは"糞害"が問題になるが、我が家へやってきた山鳩夫婦は”やさしい大家さん”に気を遣っているのか綺麗好きなのか巣の周辺や庭の中には糞をしない。
交代する折に近くの電線にとまり用を足してからやってくるらしく道路が汚れている。マナーを心得ているようで微笑ましいが、これも困ったもので雨に洗って貰うより仕方がない。

かくして大家さんともなれば人情としてかわいい雛の誕生を願うばかりだが、妻の言によると密かに近所の猫が狙っているようである。無事に育った二世達が元気よく飛び立つ姿を見たいものだ。

例年だとそろそろ密集した枝葉を剪定し涼やかなもみじに仕立てるのだが、今年はどうやらお預けのようであり庭仕事にも気を遣わねばならない。巣のすぐ傍にある庭園灯も点灯を遠慮している。
とんだ『かわいい間借り人』の出現でわがガーデニング暦は完全に狂ってしまった。では次報をお楽しみに.......。

第二章 【夫婦協働】   平成14年5月12日(日)  

感動的なシーンを目撃した。
午後3時半ごろであったか、巣を暖めている山鳩が「ホホッホー ホホッホー」と例の野太い声で鳴き始めた。間を置いて3回くらい鳴いただろうか、どこからか大きな羽音をたてて相棒が飛んできて巣の近くにとまった。繁っている葉が邪魔でよくわからないが、どうやら餌を運んできたらしく、しばらくして羽音を響かせ飛び去っていった。
残った山鳩はおなかも一杯になったのか再び静かに巣をあたためている。ひょっとしたら交代したのかもしれない。どちらが雌でどちらが雄かは知るよしも無いが、いつもこの時間に呼び合っているのであろうか微笑ましくも健気な山鳩夫婦である。

第三章 【ヒナ誕生】   平成14年5月21日(火)   

この頃、朝の日課になっているのだが山鳩クンの無事を確かめるため、巣の辺りを窺うといつもの親鳥の姿が見当たらない。今までこんな時間に決して巣を離れることがなかったのに.....と心配になる。
そっと脚立を持ち出し葉陰の巣の中を見ると、何やら動く気配があるが定かではない。恐る恐る近づくと何と小さなくちばし状のシルエットが動いているではないか。そして産毛の塊のようなものが一定のリズムで小さく動いている。
どうやら待望のヒナが誕生したようである。それも「双子」である。
.....とすると、親鳥は心細げなヒナ鳥達を残して餌をとりに出掛けたのであろう。何時戻ってくるかもしれないので、さっそく脚立を片付けて家の中から見守ることにしたが、起き出し事情を知った妻もかたわらで固唾をのんで見ている。暫くしてどこからか羽音をたてて親鳥が戻ってきた。庭に出て近づいてみる。この頃はすっかり信頼関係が出来上がっているので親鳥は平気である。巣の傍らでヒナ鳥に口移しに餌を与えている。ヒナは競って親鳥のくちばしにむしゃぶりついている様子がよくわかり、ヒナの頭が二つはっきりと視認できたのである。
ひそかに想像していた「歓喜の光景」であった。

さて、これからが大変である。親鳥が留守勝ちになると急に野良猫の存在が気になってくる。巣を作っているもみじの木は枝振りといい幹の傾斜といい猫なら容易に登っていけそうな格好をしているのだ。とりあえず水をいれたペットボトルを根元に置いておいた。
昨日までは何とか無事に生まれてくれと願っていたが、今度は無事に育って欲しいと願う。我が家に自然が届けてくれた素敵なプレゼントかと妻と笑う。
だが、程なく自然の掟はそんなに甘くないことを覚らされることになる。

第四章 【悲劇】     平成14年5月22日(水)   

「歓喜の光景」もほんの一日で誠に呆気なく終焉を迎えてしまった。
喜びの報告も束の間、今日は悲しいニュースを記さねばならない。

朝、いつものように巣の様子を見るとシルエットが確認できず一瞬おかしいなと思ったが、小さいヒナのことだからうずくまって親鳥の帰巣を待っているのだろうと気にせず出勤した。
仕事を終えて帰宅すると落胆した表情の妻から『ヒナが居なくなった。どうもトンビかカラスに襲われたらしい』とショッキングな報告である。戻ってきた親鳥夫婦がバタバタと大騒ぎをしているのに気付いて様子を窺うと、ヒナの姿を探しているようで時折悲しげな声で鳴いていたという。やがて諦めたのか何処かへ飛び去っていったので、巣の中をあらためたが無論ヒナの姿はなかった。
妻の話では巣の下には何も落ちていないので猫ではなく多分空からの襲撃だと思う。今思うと、このところ上空に大型の鳥が現われ輪を描いていたようで、ヒナ鳥を狙っていたのではないかと。.....だとすれば一瞬のうちにさらわれてしまったのであろう。
敵は地上ばかりではなかったのかと臍をかむ思いだが、残念ながら我々に対空防御のてだてはない。せめて親鳥に交代で巣を守る才覚が無かったかと悔やまれる。
約一ヶ月の間、雨の日も風の日もじっと卵を抱き続けた山鳩夫婦が、ようやくヒナの顔を見たというのに誠に非情な結果となってしまった。所詮これも自然の掟なのか、願わくば愛するヒナを襲ったのが我ら人間ではないということを親鳥にわかって欲しいものである。

彼らが再び我が家にやってくることはないだろう。仲のよい夫婦のことだからきっとどこかでまた愛の巣を作ることだろうが、今回の経験を是非生かして欲しいと願う。

この小さな愛のドラマの終章にあたり、とかく忙しい毎日に忘れがちな安らぎと感動を、私達に与えてくれた山鳩クン夫婦に心から感謝したい。

(了)