この特集を作るきっかけとなったお店で
心から感謝している。
のれんの店名は、特異な書風で知られる
北海道の書家「若山象風」によるもの。
“仲のいい夫婦が二人っきりでやっている妙な名前のお蕎麦屋さん”というのが、「旅の雑誌」で目に止まった時の初めての印象であった。 暖簾をくぐると広い板敷きの間に四つほどの座り机が置かれたこじんまりした店であった。 さっそく女将の太田久枝さんが運んできた”一杯の水”が、富山との県境まで行って汲んでくる湧き水と聞くに及んで、これはただの蕎麦屋とは全く次元が違うと知らされる。 圧巻は、その日の朝、車を40分ほど走らせて山に入り4時間もかけて採取した山野草の天ぷらである。年間を通じて山の恵みは300種もあるというが、何回目かの10月のその日は月見草の新芽、百合根、ふきの葉であった。 カリッと揚げられた山野草のほろ苦い味が実に旨く、もう少し欲しいなというところで尽きてしまうところが心にくい。 山野草に宿る生命力を味わい汲み取ってもらうのが「つるつる亭」の切なる願い・・・・・。 特に秋から冬にかけ掘り出す「蕗のとう」は大地の逞しいエネルギーをやさしい苦味に包み込む絶品で、体内に溜まる毒素を洗い流してしまうと久枝さんの目が輝く。 勿論摘んできた山野草はその日に使いきり一切保存することはないという。 そして”真打ち”蕎麦の登場である。 主人逸雄さんが自ら目立てをする石臼でひき打ったもので上に「蕎麦の刺身」が乗っている。 まずは蕎麦そのものの味をかみ締めて欲しいとの意気込みだ。「材料8分に腕が2分」というほど蕎麦そのものにこだわり土地の在来種を使って丹念に産毛を除くという手の入れようである。 一年の内で最も元気のいい時の熊笹の葉を出し汁にして茹で上げた釜揚げうどんを味わったあとは、自家製の塩を舐めながら蕎麦粥を食べるという”シナリオ”だ。 添えられる酒は無論地酒でその名も「酒泉つるつる亭」。 久枝さんの明るいジョークと殆ど付きっ切りの解説でおなかもこころも大満足・・・・・心なしか体内に滾(たぎ)るものを感じるのは、久枝さんの話術のせいばかりではないようだ。 久枝さんが山野草の生命力で逸雄さんの大病を治してしまったことに端を発し、この自然のパワーを皆さんにお分けしたいと30年も前に開いたのがこの「つるつる亭」。 亭主の坊主頭がつるつるなら女将の顔の色艶もまさにつるつるの健康色、これこそ「つるつる亭」の名の由縁なりと勝手に思っている。 本当に仲のいい夫婦で、労多くして得るところは少ないかもしれないがいつまでも元気でいて欲しいものである。(平成17年11月) ※ 数年後、女将久枝さんが息子さんとともに名古屋に出て新しく店を持ったと聞き及ぶ。やはり飛騨の野趣と元気な女将のパワーがあってこその「つるつる亭」で以来残念ながら足が遠のいている。 |
太田庵 つるつる亭 高山市花岡町3−99−11 |