にたくもじ

飛騨地方に伝わる食べ物で「くもじ」というのは野沢菜や白菜、かぶら菜など菜っ葉の漬物の総称である。(※註)
冬場の貴重なビタミン源で桶から出して冷たいまま食べるのが普通の食べ方だが、飛騨地方では古くから囲炉裏の火で炙ったり、ゴマ油で煮込んで食べたりしてきた。
特に私のお気に入りは煮込んだ漬物=「にたくもじ」で漬物本来の味にゴマ油の甘い風味が沁み込んで実にうまい。食欲不振の折には絶妙のカンフル剤になるのである。
珍しい土産物として店頭に並んでいるが、ビニール袋を通して見える黒々とした中身が一般受けしないためか売っている店は少なく、最近は同種の「野沢菜の油炒め」も一緒に売られている。(写真)。
漬物は雪に閉じ込められる冬の飛騨地方の貴重な食材で、昔は明けても暮れてもご飯のおかずは味噌と漬物であった。魚にありつけるのは年に2,3回位、そんな貧しい食材でも飛騨の女たちは少しでもおいしく食べさせようと色々と工夫を凝らしたのである。
子供の頃のそんな甘酸っぱい郷愁が一段と味に深みを加えるのであろうか、私はこの愛すべき「にたくもじ」を食卓に欠かしたことがない。
贅沢三昧のこの頃の食卓に、貧しい時代の象徴のような「にたくもじ」の芳醇な味...大袈裟だが私達が置き忘れている大切なものを見る思いがするのだ。

平成17年1月1日発行の「Oak Village 通信」に「にたくもじ」のつくり方 なる記事があったので抜粋させていただく。(大藤智子氏著「飛騨の食文化」より)

● 材料=漬物(2kg)煮干(50g)だし昆布(適宜)赤唐辛子(2,3本)砂糖(大匙2,3杯)油(大匙3,4杯)醤油(大匙3,4杯)
● つくり方
 @ 漬物を水洗いし食べやすい大きさに切り、水につけて塩抜きする。
   (一年物は一日、二年物は二日位。途中で2回ほど水を替える)
 A 水を切って、たっぷりの湯で茹でる。
 B お湯を切って、煮干、昆布、輪切りにした唐辛子を入れ、やわらかくなるまで煮る。
 C 砂糖、油、醤油の順に加え煮込む。(※ 塩分が気になる場合は醤油を減らし、唐辛子を増やす。)

※註 
「もじ」ことばは女房言葉の一種で京都との交流を今に伝える趣があり、京極氏(鎌倉期)姉小路氏(室町期)金森氏(江戸初期)などルーツを探るのも一興.....か。
(以下、広辞苑より)
「くもじ」=(女房詞)@「くわんぎょ」から還御A「くこん(九献)」から酒B「くき(茎)」から漬けた菜。
女房詞=室町初期頃から宮中奉仕の女官が主に衣食住に関する事物について用いた一種の隠語的なことば。
後、将軍家に仕える女性から、町家の女性にまで広がった。飯を「おだいくご」、肴を「こん」、鯉を「こもじ」、団子を「いしいし」、浴衣を「ゆもじ」という類。